1991年(小6) | 地域の選抜チーム「千葉北FC」に選出され、千葉県大会で優勝、全日本少年サッカー大会本大会ではベスト8に入り、生涯初の全国大会を経験。 |
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2001年(高3) | 全国高校サッカー選手権大会千葉県予選で、全国大会常連校の市立習志野高校、市立船橋高校を準決勝、決勝で破り、八千代高校サッカー部の14年ぶりの本大会出場に貢献。 |
2001年(大3) | 体の小ささや特筆すべき技術がない事で本人は悩み、葛藤の日々を送ることも多かったが、全国の地域選抜対抗のデンソーカップに関東選抜として参加し優勝、そして大会MVPに選出される。同年開催のユニバーシアード北京大会に全日本大学選抜として出場、決勝戦での決勝点を含め、チーム最多となる3得点を挙げ優勝に大きく貢献。この活躍が認められ、複数のプロクラブからのオファーが届く存在となった。 |
2002年 | ジェフユナイテッド市原・千葉(現ジェフユナイテッド千葉)に加入。 |
2003年 | イビチャ・オシム監督就任。非常に厳しい監督ではあったが、選手を平等に評価し、一人一人の長所を尊重し、着実に成長させ、チームとしても就任一年目から優勝争いへと導く手腕、指導法、その根底にある哲学、信念は羽生自身を強烈に刺激し、「サッカーも人生も一緒だ」「野心を持て」という言葉は、今でも本人の心に刻み込まれている。 |
2006年 | オシム氏が日本代表に引き抜かれる形で代表監督になる。羽生自身も日本代表に選出。国際Aマッチデビューを果たす。その後、3年間、日本代表選手として活躍、17試合に出場する。一方で国民が注目する国際大会でのPK失敗など苦しい経験もここでする事となる。 |
2008年 | FC東京に移籍。ヴァンフォーレ甲府に期限つき移籍でプレーする一年を除き、2016年までトータル8シーズンをFC東京で過ごす。FC東京でも、タイトル獲得、J2への降格、個人としての大幅減俸、J1への昇格など様々な経験。 |
2017年 | 古巣のJ1昇格に向けて、ジェフ千葉に移籍するが、怪我のために満足に貢献できず、16年間のプロサッカー選手にピリオドを打った。 |
会社名 | 株式会社Ambition22 |
所在地 | 〒102-0083 東京都千代田区麹町5−3−23 日テレ四谷ビル |
設立 | 2020年2月1日 |
代表取締役 | 羽生 直剛 |
役員 |
最高経営責任者 羽生 直剛
最高執行責任者 八木 朗 |
顧問弁護士 | 田中 尚幸(トップランナー法律事務所) |
BLOG | ambition22.amebaownd.com |
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